トヨタファイナンスは、TOYOTA Walletを通じて10億円のセキュリティトークン社債を自己募集する。年限は1年、申込単位は10万円で、投資家は証券口座を開設せずに申し込める。
一見すると証券会社を介さない新しい資金調達だが、金融機関が完全に排除されたわけではない。今回の案件が示しているのは、ブロックチェーンによる「中抜き」よりも、発行体と金融機関の役割分担の変化である。
トヨタが証券会社による販売から自己募集へ
トヨタファイナンスが2025年に発行した第1回ST社債では、大和証券が引受・販売を担当し、国内のトークン化基盤が発行・管理に利用された。
今回はトヨタファイナンス自身が募集を行い、TOYOTA Walletを投資家との接点として使う。公式の商品概要によると、購入者にはWallet残高やモビリティ関連の体験型特典も用意されている。
資金調達と既存サービスを一体化し、社債保有者を継続的な顧客関係へ組み込む設計である。
自己募集の参入障壁はブロックチェーンではない
自己募集を成立させるうえで重要なのは、発行システムよりも投資家へ到達する力だ。
トヨタにはブランドへの信頼、既存の金融サービス、アプリ、自動車ユーザーとの接点がある。証券会社の販売網を使わなくても、潜在的な投資家へ直接アクセスできる。
丸井グループも、商業施設とエポスカードの顧客基盤を利用して自己募集型デジタル社債を発行した。PPIHも、ドン・キホーテなどの店舗・会員基盤を背景に自己募集を実施している。
法律上、自己募集が大企業だけに限定されているわけではない。しかし、個人向けの無担保社債では、信用力、知名度、顧客基盤が発行の経済性を大きく左右する。
金融機関は排除されず役割を変えた
今回、証券会社による販売は行われない。一方で、SMBC日興証券がフィナンシャル・アドバイザーを務め、三井住友銀行が社債管理を担う。発行・管理には、野村ホールディングスが過半を出資するBOOSTRY主導の国内パーミッションド型基盤が使われる。
つまり、販売機能は発行体へ移ったが、商品設計、社債管理、決済、投資家保護、システム運営には既存金融機関が残っている。
これは金融機関の中抜きではなく、金融機関が販売者から助言者・管理者・インフラ提供者へ移る動きと捉えるべきだろう。
自己募集でも証券規制は残る
発行会社は自社の社債を直接販売できるが、トークン化によって証券規制がなくなるわけではない。
案件の内容に応じて開示書類や目論見書が必要になり、本人確認、投資家情報の管理、税務、社債管理などの体制も求められる。トヨタの案件でも、日本国内の18歳以上の居住者に対象を限定し、本人確認と投資家登録を実施する。
外部の技術会社が発行・管理システムを提供することは可能だが、投資家の勧誘や販売の媒介まで行えば、金融商品取引業の登録などが問題になる可能性がある。海外企業にとっては、技術提供と規制業務の境界を明確にすることが重要だ。
Securitize Japanに見る海外企業の参入方法
海外企業の参入例として参考になるのがSecuritize Japanである。
米国発のSecuritizeは2018年に日本法人を設立した。日本では証券会社として販売を行わず、デジタル証券の発行・管理技術を提供する立場を取っている。
2022年の丸井グループの案件では、丸井がエポスカード会員への募集と顧客関係を担い、Securitizeが技術を提供し、野村證券がアドバイザーとして残った。Securitizeによると、約1億円の当初発行予定額に対し、約20倍の需要があった。
この事例が示すのは、海外企業が国内金融機関を置き換える必要はないということだ。日本法人を設け、技術提供に役割を限定し、顧客基盤を持つ発行体と国内金融機関の間に入ることで案件に参加できる。
一方、これは容易な市場参入を意味しない。日本法人の設立から実案件までには時間がかかり、国内金融機関や発行体との継続的な関係構築も必要になる。
日本企業と投資家が注目すべき点
日本企業にとっての第一の論点は、ブロックチェーンを導入できるかではなく、自社に社債を直接販売できる顧客基盤があるかどうかである。アプリ、カード、ポイント、店舗、ファンコミュニティなどを持たなければ、自己募集のメリットを十分に生かしにくい。
投資家にとっては、ST社債であっても流動性が自動的に高まるわけではない点が重要だ。トヨタの社債は原則として満期前に売却できず、パブリックブロックチェーンも使われていない。投資判断では「トークン化」という名称より、発行体の信用力、利率、満期、譲渡制限を確認する必要がある。
現時点の日本は、海外企業が既存インフラを全面的に置き換える市場でも、国境を越えたトークン化証券販売が確立した市場でもない。
国内の規制、顧客接点、金融機関の業務へ適合できる企業だけが参加できる、限定的で関係構築を重視するインテグレーション市場と見るのが現実的だ。
